札幌の文化遺産(さっぽろふるさと文化百選)

大友堀跡

[大友堀跡]である現在の[大友公園]は、東区北13条東16丁目にあります。
地下鉄東豊線[環状通東駅]周辺はかつての札幌村で駅周辺には[札幌村郷土記念館][本龍寺][札幌村神社]があり、さっぽろふるさと文化百選に選定されている[大友堀跡]もそのなかの一つです。

この公園は、大友亀太郎が1867年(慶応3年)開いた模範農場[御手作場]跡に作られました。御手作場に水を引くために掘られた[大友堀]が伏籠川に注いだ謂われの場所です。

公園の入り口には[歴史解説板]が設置されていますが、これを見ても当時の難事業の様子が良く理解されます。この中に左図の様な[地図の広場]があります。大友堀の全体像が一目でわかるように描かれています。

[大友亀太郎]が計画した用水路は、豊平川の支流から水を引き、現在の南3条東1丁目から真っ直ぐ北に延び、北6条東1丁目から北東に進路を変えて、彼の作った[御手作場]に流すもので、現在の[大友公園]あたりで[旧伏古川]に注いでいました。写真は、用水路の全体図ですがこの長さは約4qで大きさは[深さ]が約1b50aで巾は1b80aありました。この工事は当時としては大工事で、人々は[百万両の大工事]と呼んでいたそうです。完成後、大友亀太郎に因んで[大友堀]と呼ばれる様になりましたが、この堀が農業面ばかりでなく、運送路としても利用されていました。この堀を使って札幌市内への物資が運ばれていました。現在はこの堀の下流は埋め立てられ道路に替わっていますが、南3条から北6条付近までは[創成川]としてその姿を留めています。

写真は[大友堀]が流れる当時の姿です(南3条から北6条を流れる現在の創成川)。今では想像も出来ない原野の中に[大友堀]が作られたのです。この創成川がその後開拓使の時代には札幌の街造りに大きな役割を果たすことになり、現在の札幌市の東西に分ける基準線になっています。改修以前の創成川河畔には[大友亀太郎像]もありましたが改修後は[創成橋]の袂に移動しています。大きな変貌を遂げたこの創成川の原点が[大友堀]であることを知るにつけても先人の偉業の偉大さを改めて思い知らされます。所蔵 札幌市公文書館


2013年3月大改修工事を終えた創成川は市の中心部に[創成川公園]が造成され札幌の観光スポットとしても脚光を浴びつつあります。