北大キャンパス寸描


西5丁目樽川通は、北8条通以北は北18条通まではその西のエリアは北大のキャンパスです。
キャンパスの全貌を紹介するのは至難の業ですので、寸描と言う形で48枚の画像でスライドショウとしてご覧頂く事としました。
スライドショウは写真のみですので主な写真の簡単な解説を記載しましたのでご覧の際の参考にして頂ければ幸いです。
1.新渡戸稲造博士夫人寄贈のエルムの木
 新渡戸稲造博士の夫人万里子さんが札幌農学校新校舎路傍樹として24本のエルムを寄贈されましたが、そのうちの5本が正門入り 口の路傍に保存されています。
2. 事務局庁舎
 この建物はかっての予科・実科の教室でした。構内でも数少ない戦前のコンクリート建築で、昭和22年法文学部が設置されて以来 法経学部と文学部の分離、法学部と経済学部の分離などの歴史とともに歩んできた古き時代学窓を巣立ったOBにとっては懐かしい建物だとおもいます。
3. クラーク像
 この胸像は1926年北大創基50周年を記念して製作されたものです。しかし戦時下胸像は金属回収されましたが戦後再建の運動が 高まり昭和23年10月8日復活したクラーク像の除幕式がおこなわれ今日に至っています。
4. 百年記念会館
 この会館は昭和51年の創基百年を祈念して建設されたものです。昭和52年2月着行して翌53年2月に竣工し工費は約3億3千万だ ったと言われています。
5. 中央ローン
 正門から少し西に進んだなだらかな起伏に富んだ緑地が中央ローンです。芝生の広さが約1万3千平方メートルあり、中央を流れて  いるのがサクシュコトニ川でここから百年記念会館の傍を流れて大野池に注がれています。
6. クラーク会館
 この会館は創基80周年の記念事業として計画され2億円の募集が始められました。クラーク博士の偉業を称える意味からクラーク会館 と命名されと言われています。昭和32年6月着行して同35年9月15日に開館式が挙行されました。全国の国立大学では最大規模の施 設を誇っています。
7. 古河講堂
 この建物は1909年建設当時は[林学科教室]と呼ばれていましたが、現在では[古河講堂]と呼ばれています。札幌農学校はその後 東北帝国大学農科大学となりましたが独立大学設立には財源がなくこのため当時公害問題で社会の大きな非難を浴びていた古河鉱業 が大学創設費を献金する事となり現在の古河講堂始め校舎が建設され帝国大学としての北大が誕生しました。
8. 聖蹟碑
 クラーク像と道路を挟んで設置されている聖蹟碑は、昭和11年10月北海道で陸軍特別大演習が行われた際、現在の農学部本館が  昭和天皇の行在所と大本営となった事を記念する碑です。
9. 旧昆虫学教室
 中央道路と農学部本館の間にある緑の屋根と白い壁が特徴な建物が、明治34年建築された旧農学校時代の昆虫学教室です。
10. 遺跡保存庭園
 構内の西北部の約2万4千平方メートルが庭園です。生い茂った草木の庭園内には30以上の[住居址]の標識がありますが、これが 古代のタテ穴式住居の痕跡だそうです。
11. モデルバーン
 構内を横断する北18条線の北側に位置するモデルバーンの歴史は、札幌農学校開校式から30日目の明治9年(1876年)9月13日
に開設された農黌園(College Farm)から始まります。その農黌園は,当初は現在の札幌駅北口一帯(現在の北6-13条西2-6丁目の約 100ha)を農地として発足しましたが,クラーク博士の大農経営構想により間もなく現在の北大キヤンパスに拡大され今日に至っていま す。現在第1農場は農学部裏からポプラ並木一帯に残されていますが,第2農場は農地を縮小し,施設も明治42年から44年に現在地に移転し ています。この第二農場は、酪農・畜産経営の実践的な研究の場であり模範家畜房で飼育されたホルスタイン種の乳牛は,北海道の基 礎牛となって北海道酪農の発展に貢献してきました。
入り口の案内ボードには[模範家畜房(簿名:産室追込所及耕馬舎)Model dairy Barm]と表示されているようにこの建物の正式な名前は[ 産室・追込み所及び耕馬舎」という事ですが、建設の構想を進めたクラーク博士が理想である北海道農業の模範となる様にとの願いを 込めてこの建物を「モデルバーン」と記述したことから、モデルバーンまたは模範家畜房と言う名の方が広く通用しています。この建 物は、クラーク博士がマサチュセッツ農科大学農園の家畜房にならって、第2代教頭ホイラーに設計させたものであり、1876年(明治9 年)に新築されました。現在地には1911年(明治43年)に移築され、その後1977-79年(昭和52-54年)に解体して原状復帰をする修復工事が されています。

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