開設 2013.05.20日  Y・IMAI

[南区砥山豊平川沿線]は、札幌市の市道名で国道230号と豊平川の間を南区の[石山]から[小金湯]までの道路の事です。今回は札幌市の有形文化財に指定されている簾舞の定鉄バス停留所[旧簾舞通行屋前]から八剣山トンネルを通って小金湯温泉までを紹介します。(下図のの道路が[砥山豊平川沿線]です。





定鉄バスは地下鉄真駒内駅を出発して約30 分で[旧簾舞通行屋前]到着。写真下段はバス停の近くを流れる豊平川に架かる[御料橋]から見る藻岩ダムから流れる清流と豊平川。




旧黒岩家住宅(旧簾舞通行屋)

下右図は[旧黒岩家住宅(旧簾舞通行屋)の玄関前に掲示されている標識です。昭和59年3月28日 札幌市の有形文化財に指定されています。[通行屋]の歴史は古く、[本願寺道路]の開通に遡ります。現在の[簾舞]に保存されている[旧黒岩家住宅]は、[旧簾舞通行屋]として使用されていたものですが、この建物は、1871年(明治4年)に札幌-有珠間に通ずる[本願寺道路]が開通された事に伴い、翌1872年(明治5年)に旅行者や開拓者の休憩、宿泊の為に本願寺道路沿い(簾舞)に設けられたもので、開拓使は、当時函館軍川(いくさかわ)の通行屋であった黒岩清五郎さんを簾舞通行屋に指名して移住させました。1884年(明治17年)通行屋の廃止後、建物は黒岩家の住宅になりましたが、1985年に明治時代の姿に復元され、今では簾舞郷土資料館として使われています。(詳細は別サイトで掲載)



写真左図は、[旧簾舞通行屋景勝塔]で、明治末期の相次ぐ山火事を危惧して現在地より西380メートルの処に[火の見櫓]として建てたものを平成5年現在地に移転したものです。



旧黒岩家(新棟は現在簾舞郷土資料館)の見学と小休止の後次のスポットに向けて出発します。直ぐ近くに[簾舞川]が流れ[簾舞川橋]が架かっています。



橋上から眺めるとまだ白雪が残る山並みが望まれます。



やがて豊平川の上に架かる[砥山橋(上図)]。写真左は、豊平川で写真中央は、砥山発電所です。

八剣山トンネル


八剣山トンネルは、札幌市が総工費約45億円を掛けて平成9年に着工し、平成11年12月に開通した延長760mのトンネルです。

長い八剣山トンネルを抜けると砥山沢川に架かる橋を渡り一路[八剣山ワイナリー]へと歩を進めます。八剣山の岩肌の姿が見る方向によって様々に変化します。



上砥山神社

砥山豊平川沿線を進とやがて右折して山道に入ります。八剣山ワイナリーの途中に上砥山神社と八剣山果樹園があります。
上砥山神社の創設の経緯など詳しい事は判りませんが、この鳥居と社殿は平成8年に落成しました。この神社には札幌で現存する[地神碑]12体の内の1つが現存する貴重な神社ですが、社殿内に設置されているため拝観する事が出来ません(実像は札幌市南区のホームページに掲載されています)。



(註)記録によると春は神々に対して五穀の豊饒を祈願し、秋には収穫を感謝するため神々を祭ったのが地神碑の由来の様です。地神碑は、五角柱の石の柱で、それぞれの面に天照大神(あまてらすおおみかみ)、稲倉魂命(うかのみたまのみこと)、少彦名命(すくなひこのみこと)、植安媛命(はにやすひめのみこと)、大己貴命(おおむなちのみこと)等の神名が刻まれています。

八剣山ワイナリー

同社のホームページには会社創設からの経緯が次の様に記載されています。
[・H21年から試験ブドウ園等の整備を開始。・H22年秋から醸造所建設用地の確保・整備に着手。・H23年1月に農業法人「八剣山ファーム」を設立登記。8月農業生産法人認定。・H23年3月に札幌市開発審査会の予備審査をクリヤ。・H23年4月に株ェ剣山さっぽろ地ワイン研究所設立、5月の第一次増資、11月に第二次増資で資本金5225万円。H24.1月から第三次募集。・H23年8月末醸造所建築完了、9月醸造免許等交付。・H23年10月に初仕込予定、H24年3月に初出荷。・H24年4月から第3圃場(1ha)の整備開始]。
ワインカラーの瀟洒な建物は[醸造所]で1階にはワイン等の販売と試飲コーナがあり2階は展望デッキになっています。屋根の形は八剣山をイメージしているとの事です。



下図左は[ビジターセンター]です。ここでは八剣山周辺を散策する[ちゃりマップ]を作成して来訪者に自転車の貸し出しを行っています。
又、右図に広がるのは[第一圃場(試験ブドウ園)]ですが、広いエリア内に散策路も整備されており、八剣山の西登山道にも繋がっています。


ワイナリーでの昼食後種苗園に立ち寄り再び砥山豊平川沿線から小金湯温泉に向かいます。途中に[旧定鉄滝の沢駅跡]地に保存されている[二美桜]を見学して一路小金湯温泉へと向かいます。

二美桜(旧定鉄滝の沢駅跡)

[かって定山渓鉄道は、大正7年10月に白石から定山渓温泉迄の運行を開始しました。大正13年には[滝の沢停留所]が次いで昭和4年1月の電化により[滝の沢駅]が設置されました。昭和6年初代駅長の福井正造さんらが沿線の環境美化を目的として駅構内にソメイヨシノの苗木を植樹して乗客の目を楽しませました。
定鉄は昭和44年10月廃線となりましたが桜の木はそのまま残されていました。平成11年路線跡に市道が建設されるにあたりこの桜の樹を[二美桜]と命名し歴史の証として末長く保存する事としました] 平成12年5月 二美桜保存会。
右の写真の中央に案内板が設置されていますがここには大凡上の様に記述されています。

当時の駅の標識です(懐かしの定山渓鉄道パネル展から転載)。この付近は札幌岳の麓から流れる小川が多く、大地から注ぐ所に小さな滝がたくさんあったのがこの地名の由来で、駅名もこの地名から付けられたものです。この付近は山菜の宝庫でフキやウドやワラビ、山ブドウやキノコ採りの人達が多く訪れ、八剣山の登山やハイキング客、豊平川の釣り客などレジャーを楽しむ人たちにには人気の駅でもありました。この[瀧の沢]駅は、豊滝二区現在の上砥石山道入り口にあり、この次の駅が[小金湯]でした。
[二美桜]の見学後再び砥山豊平川沿線を進とやがて[小金湯温泉]の標識が見え更に進むと右眼下にホテルやアイヌ交流センターの建物が姿を現します。



写真左が[アイヌ交流センター] 右が[湯本小金湯]





小金湯温泉

この桂の樹木は小金湯温泉のシンボル的存在で樹齢は約700年、樹高約23メートル、幹周りは10メートル以上の古木で、この大木の空洞に[不動尊]が 祀られていて、[桂不動]とも呼ばれています。この大木を巡っては次のような話が言い伝えられています。
[昔定山渓温泉を発見した、美泉定山がこの大樹の下で仮眠をとっていた際、樹霊が夢枕に現れ[霊泉]の湧くことを告げたという]。この神社が何時、 誰によつて建てられたかは、現在の温泉の経営者もわからないと言うことです。かなり歴史的には古い神社だと思います。

大木の側に[祠]があります。[祠]は、温泉の[源泉]の方向に向っていると言われています。ここには[龍頭観音像]が祀られています。扁額には
[黄金龍神社]と書かれています。

かつての[小金湯温泉]の写真です。右図の玄関には[黄金湯]と表示されていますが、昭和37年までこの地域は豊平区に属しておりそれまでは[黄金湯温泉]と呼ばれていましたが、札幌市と合併後現在の[小金湯温泉]に改正されたものです。この温泉も昭和7年に定山渓鉄道の停留場が出来急速に発展しました。写真 所蔵 定山渓観光協会。
かっては湯治場として知られていた小金湯温泉もリニューアルしましたが、ここにアイヌの文化施設が建設されて多くの観光客が訪れるようになりました。小金湯温泉の入り口左手に[サッポロピリカコタン]の表示塔があります。サッポロピリカコタンとは、アイヌ語で「札幌の美しい村」という意味です。


上図は展示室の玄関です。




展示室の外周りには[自然の里][歴史の里]がありアイヌ民族の生活や歴史、文化などを知ることが出来ます。今回は時間の関係で見学出来なかった方のために[歴史の里]の一部を画像で紹介致します。


チセ(家)


チセの玄関


ブー(足高倉・食糧倉)


ペペレッセ(小熊の飼育檻)


アシンル(男子トイレ)


メノコル(女子トイレ)