界川神社[中央区双子山]

[菊水旭山通]を進み双子山に入ります。程なく右手の表示が目に入ります。





住宅の間のなだらかな坂道を進みます。小高い丘に神社の社標が見えます。
この丘(神社の境内)の前後(東西)は個人の住宅が隣接し、境内の奥(北側)は雑木林です。
階段の正面に鳥居が建立されていますが、ここからは社殿を拝することは出来ません。


鳥居の奥に見えるのは境内と隣接している住宅です。鳥居には[奉納旭ケ丘町内有志一同 平成22年7月4日]と記されています。[界川神社]と[旭ケ丘]の関係が良く理解できません。 

鳥居から望む拝殿です。以前訪ねた時は鬱蒼とした荒れた境内でしたが今回は雑草も刈り取られ綺麗な環境に変わっていました。

本殿
祠が静かに鎮座しています。界川神社を創設したのは明治36年で当時の双子山への入植者の若本外吉さん他5人が円山の山麓で小祠を祀つたのがはじめです。その後祠は大正の初期に吉野山の山頂(現在の旭山公園)に奉還されましたが、1954年(昭和29年)現在地に移されました。ご祭神は札幌神社(現北海道神宮9のご分霊です。

境内の片隅に建立されている[馬頭観世音碑]です。農業を主体に発展してきたこの地区にとって馬は農民の暮らしにはなくてはならない原動力でした。この神社を訪ねて思うには、
このあたりは、高台で神社の周りは住宅地ですが、かつては円山村の葬場用地だつたそうです。今でも近代的な町並みと隣り合わせで、歴史的な祠が鎮座している姿に近代都市における環境の変遷を深く考えさせられます。