開拓使時代からの長い歴史を持ち現在では札幌を代表する観光スポットとして、また、都市中心部の貴重なオアシスとして良く知られているのが北大付属植物園・博物館です。 |
明治19年に開園した植物園・博物館も永い歴史の変遷を経て現在は[北海道大学北方生物圏フイールド科学センター植物園 博物館(写真右図)と名称も変っています。 開拓使博物場の開場札幌農学校が開校した当時現在の植物園周辺は巨木が生い茂る原野でしたが開拓使はこの原野を放牧場としました。明治15年その中に開拓使の博物場を建設しましたが、それ以前に博物場の前身にあたる仮博物場を偕楽園の中に設けています。これらが現在の植物園・博物館の原点です。写真は、明治10年[偕楽園]に設けられた開拓使仮博物場です。(所蔵 北大付属図書館)。 写真は、明治15年に落成した開拓使博物場の落成式の様子です。(所蔵 北大付属図書館)。 写真左図は、開業間もない博物場です。 (所蔵 北大付属図書館)。 札幌農学校植物園・博物館の創設この植物園が生まれるきつかけとなつたのは、クラーク博士の提言に基づくもので、札幌農学校は所有する温室とその付属地など(現在の中央区北4条東1丁目付近)を合わせて植物園を設立することとし、1880年頃(明治13年頃)には、北海道産の樹木70種ほどの移植を行っています。1883年(明治16年)、農学校の助教授となつた宮部博士は新しく植物園の設立計画責任者となり設立に着手しました。その後1884年(明治17年)博物場及び付属地約15,000坪が植物園用地として農学校に移管され、ここに現在の植物園が誕生することとなりました。1900年(明治33年)には、宮部博士が初代園長に就任しています。札幌農学校の所管となった植物園は年々整備が進められ、博物場も札幌農学校博物館として基礎が確立しました。(写真は初代園長時代の宮部博士 所蔵 北大付属図書館) 下の写真左図は、明治30年当時の植物園の様子と、写真右図は、温室の様子です。(所蔵 北大付属図書館)。 札幌農学校も明治40年には東北帝国大学農科大学と変りそのため植物園の呼称も変りました。下左図は、正面入り口の様子、右図は、園内の様子です。(所蔵 北大付属図書館)。 大正年代に入り大正7年には農科大学も北海道帝国大学となり、植物園も北大農学部付属植物園となりました。園内も整備が進み博物館などの内容が充実するに伴い訪れる市民の数も年々増加してきました。昭和30年代がピークで年間50万人が訪れたと記録されています。 この写真は昭和12年当時の行楽時の様子です。 ( 所蔵 北大付属図書館 写真集 北大百年より転載)。 歴史的建造物この植物園には歴史的な建造物も多く現在も保存されています。これらは何れも重要文化財に指定されています。上図左は、1882(明治15)年に開拓使の札幌博物場として建てられた博物館で、現役の博物館建築としては日本最古のものです。また右図は、1885(明治18)年に設置された標本保管用の収蔵庫です。 上図左は、1901(明治34)年に竣工した博物館の事務所で、右図は、宮部金吾記念館で1901年に札幌農学校動植物学教室として建てられた建物の東半分、植物学教室を1942年に植物園に移築して、長い間植物園庁舎として利用してきました。1991年に北半分を取り壊し、初代園長宮部金吾博士の遺品を展示公開する記念館として生まれ変わりました。 上図左は、バチェラー記念館で「アイヌの父」と呼ばれたイギリス人宣教師J.バチェラーが離日する1940年まで居住していた邸宅です。また、右図は、1911(明治44)年の植物園一般公開に伴って建設され門衛所です。 上の写真は、JRタワー38階の展望室から俯瞰したものですが、現在の植物園は、周りをビルに囲まれた中に120年余の歴史を刻みつつ巨大な森の姿を今に留めています。 |