写真左図は現在の[山鼻公園]です。この公園には[山鼻兵村開設碑]があります。この碑は明治27年9月30日に建立されものですが、この題字は当時の屯田兵司令官永山武四郎の筆によるものだそうです。この公園はかつての練兵場の一部で、南14条の道路を挟んで北側にある小学校も屯田兵の練兵場として使われていました。現在この公園の西側は国道の幹線で[石山通]と呼ばれています。公園の中には樹齢を重ねた大木が数多くあり僅かに当時の面影を偲ばせてくれます。

当時は[山鼻小公園]と呼ばれていました。中央奧にに見えるのが[山鼻兵村開設碑]です。
所蔵 札幌市公文書館




中央の巨木が[お声掛けの柏樹]で、明治43年当時の写真です。明治14年に当時の天皇は北海道の視察の折にここ山鼻村にもお立ち寄りになられましたが、その訓練場の一角に立つた巨木に目をつけられ、樹の名前を訪ねられましたので「柏の木」である事をお教えしました。このことから当時の山鼻の人たちは、この木を「お声がかりの柏」と呼び大切にしてきたのです。所蔵 札幌市公文書館


写真の左端に見えるのが現在の山鼻小学校がある場所です。。屯田兵時代はこの一帯が兵村の中心でした。

所蔵 札幌市公文書館





現在の山鼻小学校前にあった[週番所]でのちの中隊本部]です。所蔵 札幌市公文書館


この公園に隣接した場所に[山鼻記念館]の建物があります。この建物の前を通っているのが[行啓通]です。名前の由来は1911年当時の皇太子(大正天皇)札幌行啓に因んで命名されたものです。この建物の2階が展示室で、屯田兵に関する様々な資料や貴重な写真類も飾られており、当時の屯田兵の暮らしぶりなどを理解するのに大変役に立ちます。

明治天皇[御駐蹕の地碑
この碑は、明治天皇行幸の折、真駒内から山鼻兵村を訪れた時の記念碑です。碑は、現在の南14条西11丁目石山通に面した[山鼻小学校グランドの]の片隅に建立されています。屯田兵村時代此処は練兵場や中隊本部があった縁の地です。[御駐蹕]とは、天子の行幸の途中、一時乗り物を止める事の意味だそうです。