ルクセンブルグに魅せられて

[Luxembourg]ガイドブックにもなかなか見あたらない。全くの予備知識がないまま訪れた[ルクセンブルグ]から受けた強烈な印象は今でも忘れることが出来ない。この国は左図の様にフランス、ドイツ、ベルギーに挟まれた小国で正式には[ルクセンブルグ大公国Grand Duchy   ofLuxembourg]で、人口41万強(訪問時は37万)、独立したのは1867年である。ルクセンブルグの国名はドイツ語で[小さな城壁]と言う意味で、首都ルクセンブルグは、隣接する東西大国に備え強固な城塞を築いて防備を固めたものと言われている。そのため今も尚、昔の砦がそこここに点在している景観は初めて訪れた私にとっては言葉に言い表せない感動を覚える。この国はヨーロッパのほぼ中心に位置している関係から国際金融の中心地として多くの金融機関等が集中している。当時のデーターでは銀行数も150を数え、チューリッヒやフランクフルトと並ぶ国際金融センターの役割を果たしている。

城塞都市 Luxembourgの景観

ルクセンブルグの景観


私達が訪れたのは10月の下旬、ルクセンブルグは折しも紅葉の真っ盛り、市の中心を流れるアルゼット川は、両岸50bにも及ぶ垂直の谷を作り、その両壁は数キロにわたる色鮮やかな紅葉と、それに対してそこここにそびえ立つ城塞が絶妙なコントラストを描き、眼前に迫る景観は初めてこの地を訪れた者には強烈な印象を与えてくれる。現在ルクセンブルグには20以上の城が残っていると言われている。これはこの国の地理的条件のため国土がフランスやプロシアなどに分割され中世以降も20回以上の戦火に見舞われ、20世紀に入ってからも第二次大戦で二度もドイツから侵略を受けたという歴史的事実の残滓であろうか。

ルクセンブルグには[アルゼット川]と[ベトリウス川]の2本の川が流れている。旧市街と新都市の間には深いベトリウス渓谷が横たわっているが、この渓谷の上に架けられているのが[アドルフ橋]で、石で出来たアーチ橋として長さが84.65bとヨーロッパ第二の長さを誇っている。左の写真では良く眺望出来ないが、橋の遠くに城塞や個性的な建物が望まれ、渓谷の眺めとあわせて素晴らしいビューポイントとなつている。
Luxembourg 寸描

               

ルクセンブルグ市内でのランチタイム時のワンショツトであるが、さながら屋外レストランと言った趣で、近くのお店からそれぞれ弁当を買い求めて、談笑しながら昼の一時を過ごす、長閑な一時でもある。ルクセンブルグで過ごした一夜、我々は市内の海鮮料理店で夕食を摂った。その時出されたのが一人バケツ一杯のムール貝でこれには度肝を抜かされた。しかし結果は全部平らげ健啖ぶりを発揮したのもこれからは二度と真似の出来ない良き経験となった。

Luxembourg 寸感

今回のルクセンブルグ訪問は、この市から約25`離れた近郊Betzdorfにある[SES]という衛星放 送会社と、あわせて[RTL]と言う放送局の見学であった。私達はこの見学を通して、小国であるルクセンブルグが近隣の大国を相手に激しい制約を乗り越え乍ら国際的にも認められるビジネスに取り組む姿を目の当たりにして、国民性という事を考える良いチャンスを与えられた。我が国の様に四囲を海に囲まれた国とは違い、四囲を大国に挟まれ、その中で自立的な政治、経済活動を行うためには、国を挙げての大きな理念と目標が重要であり、これを支える国民的拡がりが求められることを実感させられた。あの静かな自然と生活の中に秘められたパワーフルな活動は、これまでの長い歴史の中で他国の侵略を自らの手で守り続け今日の繁栄を築いた不屈の自立心と長い苦境の中で培われてきたナショナリズムの成果と言うべきだろうか。今後拡大するであろう放送事業を先取りする形で衛星放送の中核センターを建設し、ハードのみならずソフトの分野でも国を挙げてその支援策をとり続けるルクセンブルグ、小国の知的活動の姿を放送事業一つの側面からも伺い知る事が出来た事は大きな収穫であった。また、ルクセンブルグでも我々は技術の先進国日本の姿を目の当たりにすることが出来た。我々が訪れた衛星放送センターには数多くのパラボラアンテナが林立しているが、日本製のものが一際目につきその性能については関係者が声を揃えて絶賛するなど面目躍如たる思いであつた。