[新琴似]は、札幌市の北区にあり、現在はJRの学園都市線も走り、新琴似駅も高架駅となり札幌のベツトタウンとして大きく発展している街です。この地に屯田兵村が建設されたのは、[琴似][山鼻]から遅れて明治20年です。ここに入植した屯田兵は九州、四国地方からの出身者が多く220名が入村し第一大隊第三中隊を編成しました。かつての中隊本部は、現在の新琴似神社の敷地内にありました。
新琴似屯田兵中隊本部標識[西5丁目樽川通]の新琴似8条3丁目の歩道に建てられている標識です。この塀の内側が新琴似神社の境内と隣接しており、現在かっての[新琴似屯田兵中隊本部]が復元されて保存されています。

[新琴似神社]の鳥居前です。この神社は、明治20年5月20日に屯田兵がこの地に入植したおり、天照皇大御神、豊受大神、神武天皇を守護神として祀つたのが創祀です。
開村記念碑新琴似神社の境内に建立されている[開村記念碑]です。碑の側の[北区文化と歴史八十八選]の案内ボードには次の様に記されています[新琴似地区は、明治20年(1887年)屯田兵の入植によって開かれた地で、開村5年を記念して建立された。しかしこの碑が永年風雪に晒され文字の解読も困難になつた事から、先人の開拓の功を後世に伝えるために、神社の西側に[新琴似兵村記念碑]として昭和11年に再建した]。

新たに設立された碑です。台座は仙台石で造られ、この上に高さ5.3b、幅2.1b、厚さ30aの板席を建てています。裏面には入植屯田兵220名の氏名が刻印されています。

同じ境内には巨大な石で造られた[百年碑]も建立されています。
この碑は昭和61年に建てられたものです。百年碑と並んで設置されている碑には次の様な詩が刻まれています。
この地に育つ若人よ  今日を創りし先人の  自耕自拓の精神を  継いで努力の人となれ

保存されている中隊本部
現在保存されている[新琴似屯田兵中隊本部]です。建物の入り口の案内ボード(右図)にし大凡次のように書かれています[この建物は、明治20年九州各地の士族146戸が入植して発足した新琴似兵村の本部として明治19年に建てられました。明治36年屯田兵役解除後、新琴似兵村会の共有財産として引き継がれ、明治44年の兵村解散後は、新琴似地区の各種団体で使用していましたが、昭和10年札幌市に寄付されました。その後昭和43年度から46年度にかけて創建当初に復元する為の改修工事が行われ、昭和49年4月20日には、歴史的価値が高く建築構造の上からも貴重な建造物として札幌市有形文化財に指定されました]。
上段左の写真は本部内の展示室の一つですが、玄関を入ると[下士官事務室]の表札が掲げられており、各展示室にも[軍医室][下士官集会室][中隊長室]等の表札が残されていて、当時の本部の面影を残しています。上段右の写真は[もやい井戸]です。[もやい]とは共同という意味で、村内には4戸ごとに井戸が掘られ、この側には風呂もあったようです。この井戸は直径約90a、高さ約70aの桶を地中半分までに埋め、桶の底から水源までは竹筒が使われていました。写真下段左の写真は当時の中隊本部で下段右の写真はは当時の兵屋の写真です。(註) 下段の写真は[新琴似屯田兵中隊本部]の展示パネルから転写させていただきました。
[もやい井戸跡碑]
本部内の展示室に展示されている[もやい井戸跡碑]が新琴似5条6丁目の個人住宅の玄関前にありますが此処にあるのは左図の案内板のみです。
この案内板には次の様に書かれています。
[明治20年(1887年)新琴似に九州出身を中心とする屯田兵146戸が入植、その生活を支えた井戸は4戸の共同使用で風呂が併設されていた。[もやい]とは、[共同]の意味で、この井戸は水脈までモウソウ竹が打ちこんだもので水が30aほど自噴していた。竹の長さは約30b、継ぎ目にはコンブが巻かれていたと言われている]。

[新琴似屯田兵屋]

[新琴似屯田兵屋]は、新琴似1条西6丁目に保存されていましたが現在(2015年)は取り壊されています。


屯田兵縁の「安春川]
「安春川]はJR新琴似駅と新川駅の中間である新琴似4条と5条の境である1丁目から真直ぐに伸び最後は発寒川に注いでいます。屯田兵縁の川は遊歩道も新しく整備され地域の憩いの場としても貴重な存在です。遊歩道沿いに[安春川碑と由来碑]が設置されています。
碑文には凡そ次の様に書かれています[この川は明治23年新琴似に入植した屯田兵が水害防止と温地帯の農業改良のため開削した排水溝で、長きにわたりこの地にうるおいと稔りを与えてきました。しかし札幌の発展に伴いこの地にも急激な宅地化が進み水の流れが途絶えたままでした。平成3年11月[先人の苦労を偲ぶプロムナード]をテーマに下水道の高度処理水を新たな源としてかっての[せせらぎ]を回復し、水と緑が映える快適な憩いの園として生まれ変わりました。平成3年11月 札幌市]。



起点である1丁目から13丁目までは[散策路]も整備され、この間の橋の欄干や擁壁には屯田兵縁のタイル絵などが随所に掲示され将に[水辺のギャラリー]といった趣で、絵を見ながら往時の屯田兵を偲ぶ事ができます。
新琴似8丁目橋欄干に掲示されているレリーフ





散策路サイドの擁壁に設置されているタイル絵







散策路にはめ込まれているタイル絵